MAKE-UP どんなバンド?
LOUDNESS 樋口宗孝氏によるプロデュースのバンド
1980年代を席捲したジャパニーズ・メタル・ムーブメント。
世間一般の方々からは通称「ジャパメタ」などと揶揄されつつも、次から次へと強力なバンドが全国から登場してきた活況に沸いた時代でした。
「EARTHSHAKER」や「44 MAGNUM」などメジャーデビューして成功を収めるバンドが相次ぎ、更なるシーンの盛り上がり、ファンの裾野を広げていくことにつながりました。
そんな中で、ひと際異彩を放っていたメロディアスなハードポップバンドが「MAKEーUP」。
LOUDNESSのドラマー樋口宗孝氏によるプロデュースのバンドとしても知られていますね。
「MAKEーUP」というバンド名も、元々は樋口宗孝と高崎晃が以前に組んでいたバンドの名前を「のれん分け」されたものという話を聞いたことがあります。
特筆すべきヴォーカルの存在感
「MAKEーUP」は1984年にデビューアルバム「Hawling Will」をリリースしています。
当時の他のJAPANESEメタル勢バンドとは明らかに毛色の違う音楽性は、その手のパターンに殊更弱い私の嗜好を強靭な握力で握りしめて離しませんでした。
一度聴いたら忘れられない印象的でメロディアスなキーボードとギターのフレーズ。
アメリカンハードポップとも言えるような路線をベースとしつつも、哀愁を帯びた歌メロとドラマティックな曲展開。
その音楽性は、「EARTHSHAKER」にキーボードとたっぷりのミルクを入れてかき混ぜてよりマイルドにした感じとでも言いましょうか。
当時の他のバンドとは明確に一線を画すポジションを確立していたと思います。
そして、何と言ってもフロントマンであるヴォーカル山田信夫の「表現力の塊のような」「コテコテの粘度の高い」ヴォーカルスタイルが最大の特徴ですね。
名曲「Runaway from Yesterday」に代表される「聴かせる」ヴォーカルスタイルで存在感を際立たせていました。
アニメ「聖闘士星矢」の主題歌が大ヒットを記録
その後、バンドは僅か2年の間にデビューアルバムを含めて計4枚のアルバムを立て続けにリリース。
精力的にハードワークをこなししますが、シーンではギターをメインとするヘアメタル系やアグレッシブな正統派ヘヴィメタルHM系のバンドが人気を集めていたため、セールス的には苦戦を強いられました。
(開き直ったのかどうかは知りませんが)活動の終盤期にはまさかのアニメソングのサントラも担当するなどして活動の幅を広げていきます。
そして、アニメ「聖闘士星矢」の主題歌が大ヒットを記録するという成功を掴みましたが、その後は続かず、バンドは1987年に解散しました。
バンドメンバー
- ヴォーカル: 山田信夫
- ギター : 松沢浩明
- ベース : 池田育義
- ドラムス : 豊川義弘
- キーボード: 河野陽吾
楽曲レビュー
本曲を紹介させて頂くにあたり、どうしても無視できないのが前奏となるオープニングのインスト曲。
アルバムのクレジット上では、
1. GADUCEUS~神々の使者~
2. SALVATION ARMY
となっています。
1曲目は、キーボードによる荘厳な雰囲気を醸し出す楽曲で、この流れで是非ともセットでお聴き頂きたいと思います。
色々と音源を探しましたが単独では見つからなかったので、今回はYouTubeによるフルアルバム音源を掲載させて頂きました。
明るい「Mr.Crowley」とでも言いましょうか。
ドラマティック感が半端ないキーボードによる盛り上げ効果は抜群で、アルバムへの期待感が一気に高まります。
数多くの名フレーズを輩出した河野キーボード河野陽吾のセンスが光っていますね。
その流れを受けての2曲目「SALVATION ARMY」がスタート。
ここでもイントロの中心はあくまでもキーボードが基調。
一度聴いたら絶対に忘れない位に印象的なフレーズが繰り出されます。
そして、メロディラインに忠実に乗っかってくる山田信夫のヴォーカルはあくまでもエモーショナルで「熱く」歌い上げます。
個人的には、「馳浩の裏投げ」の如く裏声をひっくり返すボーカルスタイルは苦手な部類なのですが、その苦手意識も忘れ去る程に「熱く」「丁寧に」「ドラマティックに」歌い上げる高い歌唱力が際立っています。
今は亡き松沢浩明のギターは、淡々と且つ隙の無いプレイを聴かせており、まさに職人芸の域。
ギターソロではクールにキメのフレーズを差し込みながらの、基本に忠実なアーミングが印象的。
ギターレッスンの教本、ソロのお手本とも言えそうな渋いフレーズと誤魔化しの無いクリアなトーンでのプレイに好感が持てますね。
まとめ
各パートにおける申し分のない実力と、何よりもメロディセンスに溢れたバンドでしたので、個人的にはもう少しメジャーポジションまで昇りつめて欲しかったのですが…。
少々悔しい思いもありましたが、逆に応援のし甲斐のあるバンドでもありました。
日比谷野外音楽堂(野音)での雄姿は今でもまぶたに鮮明に焼き付いています。